小説「義経」上巻 感想
義経 作 司馬遼太郎
司馬遼太郎作「義経」についての感想を書いていきます。源義経は平安時代末期の源平合戦のときに活躍した源氏の武将の一人ですね。多くのメディアでいろんな作品となっていたりするので、多くの人は知っておられるでしょう。ちなみにwikipediaを見てみると、義経が関連した作品は、義経の死後から現在までずっと作られているようです。つまり、昔から義経は人々に関心を持たれていたということがわかります。
義経〈上〉 (文春文庫) (2004/02) 司馬 遼太郎 |
上巻
今の時代で、「武士」と聞くと何を思い浮かべるでしょうか? 刀を持って戦う人、主君に仕えて戦う人など、おそらく「兵士」や「戦術家」としての側面が強調されているのではないでしょうか?
ですがこの小説によると、平安時代の「武士」は上記のようなことは言わば副産物であり、本質ではありません。この時代の武士とは、「地主」としての側面がほとんどだったのです。この時代、京都の中央政府が日本全土の所有権を持っており、人々はその土地を「借りている」という状態だったのです。武士たちは源氏と平氏で分かれていましたが、それは単に中央政府への土地所有交渉の代理人を誰にするか、ということが分別点だったようです。
この、「武士」=「地主」ということが、武家政治である「幕府」が源頼朝によって誕生したこと、頼朝が義経を厭うことなどに対する理由を理解することに深く関わります。
ではまあ普通に感想を書いていきますが、基本的に文章は平易で読みやすいです。さすが司馬遼太郎さん、と言ったところか。テンポもありますので、上巻だけで500ページ弱もあっても比較的すんなり読めていけました。
上巻は、義経の誕生前の時代背景から、源義仲が京で法皇を手にいれ頼朝が義仲討伐のために義経を含む軍隊を送るところまで。
義経は源家の九男、ゆえに「九朗」とも呼ばれます。そんな彼は、幼いころは平家の監視下におかれて後に鞍馬の寺に入れられますが、「自分は源家の血を引くものである」ということを教えられ、奥州人に勧誘されて寺を脱走し、奥州へと向かいます。
義経は幼いころから不遇な境遇すぎますよ。生まれたときから監視され、肉親の愛もあまり受けられず、ただこの時代の流れにいやいやながらも従うだけ…。しかも、源家の血筋を引くということで自由を奪われたのに、鞍馬山から脱走したあとはその権力もまともに使えずに浮浪児のような扱いを受けてしまう。権力を持つ者のデメリット、権力を持たない者のデメリットの両方を受けてしまっているのです。
普通の子供なら、こんな不幸は耐えられないかもしれません。しかしやはり源家の血を受け継いでいるからなのか、楽しみも自由も無い状況でも必死に生きようとすることが出来ています。ですがそんな「源家として」が、後に頼朝にうとまれるきっかけにもなったわけで…。う~ん、辛い…。
義経の人生に対して大きすぎる影響を与えた頼朝についてもこの小説では書かれています。頼朝は基本的に、クソ真面目で慎重で、英雄としての気質もある一方臆病で猜疑心が強い、という風な感じに描かれています。頼朝は北条家と婚姻することでかの有名な妻政子と北条家の権力を手に入れることが出来ます。この権力を力の元手としましたが、この北条家から受けた恩が後々に大きく影響してくるわけで…。
頼朝と政子のエピソードは興味深いものでしたよ。頼朝は日本史上でもトップクラスの恐妻家なんじゃないだろうか、と読んでいたら思えます。昔ほど社会は男尊女卑だという感じがありますが、頼朝が嫉妬深い政子に翻弄されまくりで、そんな雰囲気に疑問を持ってしまうほどですよ。
頼朝と義経が出会ったときは、「ここから義経が珍重されて活躍していくのか?」と思いましたが、権威主義の頼朝は「いくら弟だからと言って、ポッと出のやつに権力を持たせると他の家臣たちが団結しなくなる」ということで、少々邪険に扱うことになります。義経は血を大事にした、しかし頼朝はそんなものよりも鎌倉体制に重きを置いた。そんなすれ違いがあることを、義経はわからず、ただただ疑問に思うだけです。
司馬遼太郎さんはしばしば義経のことを、「政治的痴呆」と呼んでいます。少々非道い言葉ですが、言いえて妙でしょう。義経は後に戦ですごいことをやってのけますが、それは単に戦場での「戦術家」として優れているだけで、「治世」の能力は無かったのです。この「政治的痴呆」は場合によっては人心を掌握する能力にもなりえますが、頼朝の「政治」には合わなかった…。
この時代の源平合戦の勢力は基本的に、貴族たち、平家、源頼朝、源義仲、奥州、源義経となっています。義経は大きな勢力を持たないので頼朝の下にいますが。
平家は「平家」として統一されていますが、源家は「源家」に統一されていません。つまり、源家は場合によっては家族相争うこともあるので、「源平合戦」という呼称は正確ではないのかもしれません。
他には源義仲の京での動向なども上巻で描かれており、なかなか面白く読んでいけます。猫間中納言と義仲との面談のエピソードなど、よく知られたものも登場します。
義経と義仲は戦うことになるのか?というところで上巻は終わり、下巻に続きます。