『小説』何者 読書感想~自分を凝縮しないといけない辛さ

2019年10月21日

何者
著 者:朝井リョウ
発 行:新潮社
発行年:2012年

148回直木賞受賞作品、2016年に映画化もされた人気作です。
『2012年頃の就職活動』をテーマにしています。

朝井リョウさんの「当時の空気を切り出す」特技は、今作でも十分発揮されています。
また、終盤までに存在した違和感をラストで最終盤で明かすという、どんでん返しの技法も取り入れらています。

読む時はネタバレに注意!

朝井リョウさんは当時の空気を切り出すことが得意な作家さんです。
だから、読者が同年代(1989年生まれ前後)でないならば、当時がどんな状況だったかを知る必要があると思います。
ちなみに、自分は朝井リョウさんと同年齢です。
この作品が発行された2012年は、リーマンショック後の第2就職氷河期。
リクナビ・マイナビを使った大量エントリー、ウェブテスト、SNSで情報共有など新しい戦略が普及していた時代です。
にも関わらず、履歴書は手書きだったり訳の分からない面接が最重要だったりと、合理的なのか非合理的なのかよく分からない就活でした。
就活生はバブル後の失われた時代の中で生きてきたため、刹那的に欲望を追うことより、不安な時代を生き抜くために大企業・安定型の人生を送ろうとしています。
「ここで失敗したら終わりだ」という焦燥感と不安が強く、何とか面接官に気に入られようと必死だった、ってのが実情。

共感を呼ぶ就活生の実情

自分が朝井リョウさんと同年齢でもあるため、小説内の人々と共感できるところが多くて、逆に辛かったです…

面接で落ちたら何が駄目だったかが分からず、人間性を否定された気分になること。
何度も何度も落ち続けていると、自分がダメ人間な気分になっていくこと。
思ったより早く動き始めている人が多いこと。
能力が高いか低いかだけでなく、「就活に強い性格」が内定をかっさらっていくこと。
日本の就活では面接が最重視されているので、ほんの数分で自分の価値を表現せねばなりません。
「そんな短時間で自分を表現できるのか?仕事が出来るか表現できるのか?」
という疑問を持ちながらも就活に挑まねばならない学生たちの実情が、リアルで描かれてます。
自分の魅力・価値は徹底的に凝縮され、その結果生まれたのが『留学』や『サークルの部長』などのタグのようなもの。
その結果として結局誰も彼もが似通った表現となりますが、しかしその裏に実際何があったかは表現できない、しきれない…
理不尽とも言える現実がこの小説でしっかりと描かれています。
これは、実際に当時就活した人じゃないと書けないと思う。

「意識高い系」と「批評家様」

この小説には、いわゆる「意識高い系」が登場します。
意識高い系とは、具体的で泥臭い行動はしていないのに、過剰な自己演出を行い、いかにして「自分は凄いか」を表現する人々です。
そして、そんな彼らを叩く「批評家様」もしっかり登場してます。
意識高い系も批評家様も、就活生ではありがちですが別の世代とかにも普通にいることでしょう。
滅茶苦茶なカタカナ言葉を使いたがったり、批判ばかりで自分はリスクを取らずに行動しない人たちとか。
特に、終盤で批評家様を批判する流れにしたのはこの小説の妙ですね。
何故なら、「批評家様」の立場と「小説を読んでいる読者」の立場が似通ってますから。
どちらも当事者意識を持たず、リスクを取らず、他人を批評しようとしている。
だから最後のほうでは読んでいる私自身がビックリして、身につまされる思いをしましたよ…
というわけで読破後に最初やったことは、「批評家にならないために」で検索!w

私は拓人タイプ

私自身は、批評家様の拓人タイプです。
まあ、こうやって孤独にブログを書いて積極的にそれを宣伝していないことからも、自分で自分を察することが出来ます…
「じゃあ君も必死な就活生をバカにしていたのか」
っていうとそうじゃない。
むしろ尊敬していて「自分には、出来そうにないな…」と思って普通の就活から逃げたタイプです。
今となってはそれが人生のベストだとは言えないけど、少しはやったほうが良かったんじゃないかと思う。
せめてどのような会社が存在していたかは勉強したほうが良かったかも。
でも、あのような面接と何度もお祈りメールをもらうことになるのは、多分精神が持たなかったと思う。
もしかしたら「就活うつ」になるんじゃないかと感じて、逃げましたw
今は色々あって妙な生き方してますが。
やっぱり何だかんだで将来への不安はまだ持ってます。
…この話はもう終わりだ!

自分を間近でずっと見てくれる人はもういない

人間観察が素晴らしい朝井リョウさんですが、彼なりの人生観も小説に出ている気がします。
恐らくその代表が、「自分を間近でずっと見てくれる人はもういない」ということ。
学生の間なら親や友達がずっと身近で見てくれていた。
だから「結果より過程が大事だ」とも言われていた。
でも、就活からは過程で評価してくれるような悠長な時間は無く、ほとんど結果だけが重視されるようになる…
短時間で自分を表現するために、色々な肩書きを貼ったりしないといけない。
内定を取れない拓人だって、ルームシェア仲間として身近で見てくれている光太郎とか、演劇を見てくれた瑞月とかには評価されているんですよね。
批評家ぶっててプライド高くて痛々しいし、面接には弱いタイプだけど、ある面では『良いヤツ』なんですよ。
ラストシーンでカッコ悪い自分を認めたのはカッコイイ!と読者は思うけど、もちろんそんなこと面接官には伝わらない…
残酷です。
この小説には就活は今後どのように改善すべきかは書いてません。
どこかおかしいと感じながらも、必死にもがき生きようとする若者たちのリアルが克明に切り取られてます。
この作品は傑作です。
だからこそ心を大きく動かされます。

しかしそれが、気持ちの良い方向とは限らない…

(『何者』の関連検索ワードが、『きつい』とか『つらい』だったり)

小説

Posted by YU