小説 ブレイブストーリー 下巻 感想

雑記
 一ヶ月以上更新していないブログだと、自動的にコメントが「承認待ち」になるのか…。


ブレイブストーリー 下巻
 下巻で長い長いワタルの冒険は終わりを迎えます。ワタルは何を願い、何を手に入れるのか?
 下巻では、真実の鏡を通してワタルに助けて欲しいと懇願してきた男を助けようとするところから始まります。
 ワタルは旅をしていくうちに、さらにこの世界の真実を知っていきます。最後の宝玉はワタルのものとミツルのものが一緒なので、二人ともが手に入れられないことを知って、ワタルは絶望します。出来の良いミツルはすぐに宝玉を手に入れて、運命の塔に行って願いを叶えてもらうだろう。そして残った自分は半身として幻界で1000年間光の境界となって世界を守っていかなくてはならなくなるだろう、と。
 宝玉を手に入れるため、北の帝国を街ごと破壊したミツルは、魔族を封じているという役割を持つ宝玉を手に入れて運命の塔へ登っていきます。宝玉が無くなったおかげで、幻界には魔族が溢れ出てきます。ワタルたちは必死に戦いますが、魔族は強力で無尽蔵に湧いてくるので歯が立ちません。そんな中でワタルは4つ目の宝玉を手に入れますが、ミツルから宝玉を奪い取るという条件で、運命の塔へ登ることを許されます。
 ワタルはミツルを追って運命の塔を登っていきますが、そこで自分の憎しみであるもう一人の自分と戦うことになります。ワタルは勝ちましたが、憎しみが肥大しすぎたミツルは負けていました。宝玉を手に入れたワタルは、その次にこの世から捨てられた「負なるもの」の集合体と戦い、勝ちます。
 全てが終わり、ワタルは運命の女神に願いを叶えてもらいます。ワタルは当初の目的である、「不当に捻じ曲げられた自分の運命を正す」ことではなく、「幻界を魔族から救う」ことを願いました。願いを叶えてもらったワタルは、現実世界に戻ることになります。
 
 ワタルは願いを「現実の自分の境遇を元通りにする」のではなく「幻界を救うこと」にしましたが、その理由は、この旅は最後に願いを叶えてもらうだけのものではなく、この旅の過程そのものに意味があったからだ、と考えたからです。
 ワタルはこの旅によって強くなりました。まだ小学5年生の幼い少年ですが、途中で旅をやめてしまう旅人もいるのにも関わらず、ワタルは最後までやり遂げることが出来ました。その旅の途中では、楽しいことや嬉しいこともあれば、怒りに打ち震え、絶望するほどの悲しみもありました。人を殺してしまいたいほどの憎しみを発露させてしまったこともあります。現実世界で感じた悲しみと同じくらいの体験をワタルはしました。
 ワタルは理解します。悲しいことはこれからもずっと起き続ける。その度に願いを叶えてもらうことは出来ない。自身が強くなって立ち向かっていかなくてはいけないんだ、と。だからワタルは幻界を救うことにしました。幻界は旅人によって姿かたちが変わるらしいので、ワタルが冒険した幻界はワタルの心を映したものだと言ってよいでしょう。自分の心の中を反映し、自分に多くのことを教えてくれたこの幻界を救うために、ワタルは女神に魔族を退けてもらうことにしました。
 同じ幻界を旅してきたミツルは、運命の塔で肥大しすぎた自分の憎しみによって倒されます。父による一家心中によって母と妹を殺され、その後親戚に盥回しにされ、自殺未遂を起こしたこともあるミツルの心には、もうほとんど世界への憎しみしか残っていなかったのでしょう。ワタルは憎しみに満ちたもう一人の自分を「受け入れる」ことによって自分の内に戻らせましたが、ミツルは憎しみに満ちたもう一人の自分が大きくなりすぎて自分よりも大きくなっていたので受け入れることが出来ませんでした。
 ミツルは一人で、運命の塔に来ることだけを考えて旅を続けてきました。旅の障害になるものは片っ端から風の魔法で蹴散らし、ひたすら願いを叶えることだけを考えていました。ミツルの意志の強さは、誰よりも強いのです。しかし、それが仇となってしまったこの運命に、私は同情せざるをえません。自分の全てを捨ててでも罪の無い妹を救ってやりたいという兄の願いは、叶えられることなく終わりました。ワタルと違ってミツルは自分を救うのではなく、最愛の他人のために必死に頑張ってきたのです。そんな彼のことを思うと、哀れで涙が出てきそうになります。
 
 幻界から現実へと帰ってきたワタルは、幻界に行く直前の時間に戻っていました。少し大人になったワタルは、自分の不幸な境遇自体はそのままの、しかし平和な世界を巡ります。ミツルは引っ越していったことになっているし、ミツルの魔法によって魂を吸い取られた悪ガキは少しおとなしくなって元に戻っているし、ワタルが出会った人形のような美しくて魂の抜けたような香織は少し元気になっていました。
 
 総括
 読後は、ワタルと共に私も大冒険をしていた、と錯覚してしまいそうでした。それほど幻界の世界観がしっかりと作られていました。洞窟や塔だけでなく、町の一つ一つを取っても、そこに住んでいる人々の生活が容易に想像できるほど、情景描写が素晴らしかったです。
 それに幻界の歴史や文化などもよく考えられていたのも、作者のこだわりが見えます。作者の宮部さんはゲームがかなり好きだそうですが、普通のゲームでもここまで多くのこだわりは無いでしょう。やはり容量の関係などもありますし、ここまでいろんな設定のあるゲームは今のところ見たことありません。容量をほぼ無尽蔵にできる小説というメディアは、案外ファンタジーものに合うのでしょうかね?
 この「ブレイブストーリー」は、少年がゲームのような世界に行って冒険をする物語です。この設定だけを見ればいかにもライトノベルのようでありますが、読後では普通の小説として出版して当然の出来だと納得しました。
 やはりただのライトノベルととは、作者の主張したいことが前面に押し出されるという点で異なっているのでしょう。この物語はただ子供が冒険するだけではなく、そこで出会った数々の喜びや怒り、悲しみ、憎しみのような感情を、子供の視点で描いています。多くの人間たちの対立や友愛、人生。子供にとっては少し早すぎるような問題も多く出てきます。が、子供達はそれらの問題に現実世界でいつか立ち向かわなければならなくなります。
 旅の中で、主人公のワタルは成長しました。最初はただの子供の域を出ませんでしたが、旅を進めるにつれて幻界の治安を守るハイランダーとしての誇りと旅人としての意志と共に、大人顔負けなほどにしっかりしてきます。それはやはり、旅の中の数々の問題に勇気を持って挑み続けてきたからでしょう。
 私たちが生きるこの現実には、多くの理不尽な不幸があります。罪の無い人が陵辱され、殺されることだってあります。そういうのは物語や報道の中だけではなく、この世に生きる一人一人に起こる可能性があります。しかし私たちはそのような問題に遭遇しても、理不尽な不幸を自分の思い通りに変える力はありません。何が起こっても、自分達一人一人で解決していかなければならないのです。
 ブレイブストーリーは、人生で遭遇する困難を取り除く方法を教えた物語だと言っても過言ではありません。私たちの前に立ちはだかる数々の困難、それは私たちが勇気を出して立ち向かっていくべきものです。いつもいつも逃げては問題は決して無くなりません。いつまででも私たちを追いかけてくるでしょう。私たちは運命から逃げずに立ち向かうべきです。たとえそれが死ぬほど辛いことであっても、逃げていてはどうにもならないのです。
 
 困難に立ち向かう少年の勇気の物語、それがブレイブストーリーです。
 
上巻 感想
中巻 感想

ブレイブ・ストーリー (下) (角川文庫) ブレイブ・ストーリー (下) (角川文庫)
(2006/05/23)
宮部 みゆき

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Posted by YU