漫画版 予告犯 感想
予告犯 作 筒井哲也
マンホール、ダズハント、リセットなどのようなネットや社会問題をテーマにしたものを描いてきた筒井哲也さんが、2011年からジャンプ改で連載した漫画です。
全3巻となっているため読みやすく、読後感も良いものです。
小説、映画、ドラマにもなったヒット作品です。
いや、決してNEWGAMEのコラの影響で読み始めたのではなく…
少し年数が経ったからか、もしくは掲載誌の関係か、基本的にマンホールよりも予告犯は『大衆向け』を意識して描かれた感じを受けました。
過去の筒井さんの漫画にはお笑い要素なんてほとんどなかったですが、予告犯ではちょくちょく場を和らげるようなシーンが挟まれていますので、雰囲気が少し異なっているようでした。
暴力シーンは少しありますが、エログロというところまでは行かないので誰でも読めるようなものとなっていると思います。
この予告犯という漫画の特徴としては、誰もが知っている実際の事件(特にネット炎上したもの)やそれに対するネットの反応を数多く登場させているということでしょう。
マジコン事件、ユッケ集団食中毒事件、KFCゴキブリフライ事件、立教大生不謹慎ツイート事件、ネットマイル事件、シーシェパード不謹慎発言、そして最後に尖閣諸島中国漁船衝突映像流出事件。(一応全部リンク先に詳細が載っています)
また、作中の『大衆』のtwitterアイコンや中継映像に映り込む人々も注目するべきものです。一つ一つがネット上でネタになったものばかりで、元ネタを知っていると笑えますww(キリストの修正画とかスプーとか天パとかあきこさんとか)
ホリエモンそっくりなIT社長が奥田をいじめたりしていましたけど、ご本人から「そんなことしない」と直々に否定したこともありましたねえ。
さてストーリーですが、最初の最初はネット上で炎上した事件の加害者に対して、「シンブンシ」という新聞紙を被ったキャラクター性のある人間たちが追加の制裁を加えていくというあらすじになっています。シンブンシの一人である奥田、サイバー犯罪を担当する若手女刑事の吉野の二人が主人公となっており、両サイドからこの事件の結末を読者が追うこととなっています。
動画投稿サイトからリアル社会にまで世論が広がっていく様、シンブンシのキャラクター性やど素人がそれを真似したり様は、「攻殻機動隊SAC 笑い男事件」を彷彿とさせます。
しかし予告犯と笑い男事件との違いは、実際の事件をネタにしてしかも劇中の手口を全て現代技術で再現可能とすることで、予告犯の事件は実際に起こりうるものだということを読者に感じさせたところでしょう。
また、扱っている社会問題もタイムリーなものです。無責任な発言(リアルでもネットでも)、ブラック企業、強者と弱者の格差などなど。
上記のようなリアル社会の出来事を題材とすることで、予告犯という漫画にはこれだけの大衆性と魅力を兼ね揃わせることが出来たのではないでしょうか。
この予告犯事件では、主犯格である奥田がほぼ一人で計画を立てて、そして計画(予告)どおり成し遂げることが出来ました。簡単にその流れを追ってみましょうか。
まず奥田の目的としては、以下の3つでしょう。
①1巻最後と3巻の「俺たちの声はアーカイブされて~」ということから、負け組が社会に対してやり返すということ
②仲間たちの刑期を短くさせる
③最後に明記していたように、フィリピン人のヒョロの父親を警察に探させる
ネット上の感想を読む限り、皆さんは③の目的ばかり着目していましたが、やはり①の「やり返す」ということも重要な目的の一つとなっていると思います。
まあ①を完璧に成し遂げることは難しすぎるという理由で、劇中ではやっていたことがネット上で人気を集めるようなことばかりだったため①の目的は少し薄れたように見えたのでしょう。N○Kを始めとするマスメディアや、パチンコやヤクザと癒着している警察などの不祥事を暴きまくっていればそんなことは無かったのでしょうが。
奥田の綿密な計算によってシンブンシたちは正体がバレていきますが、全てを成し遂げるまでは捕まらないという絶妙なバランスをとっていました。
警察が自分たちを追うスピードも、あちこちに残した「ネルソンカトーリカルテ」という名前を調べられることも、全て想定済みです。(シーガーディアンの時はかなり危なかったようだけど…)
警察から捕まらないように逃げているため警察と敵対関係にあると思いきや、実は信頼していたということが最終的にはわかります。
シンブンシとしての活動の最後が「自殺中継」だったわけですが、あれは①と③の目的のためではなく、②の目的のためです。全ての罪を奥田一人が背負って、彼はこの世を去ります。(もちろん仲間も警察もわかっていた『自己犠牲』でしたが…)
ちょっと自分にもわからないのですが、最後の財布に書かれていた「kilroy was here」はいつ書かれたものなのでしょうか?
1巻を読む限りあれはヒョロの財布のようでしたが、奥田が計画を立てた後に書いたものなのか、それとも元々書かれていたのでしょうか。
奥田が書いたのなら、警察が追ってくる最終地点が米軍施設であることを見事に予告したということになります。元々書かれていたのなら、最終地点を米軍施設になるように計画を立てたということになります。
まあどちらにしろ、最後の最後まで予告してやった奥田の能力が証明されているわけですね。
ちゃんと明らかにしてあげたいのは、奥田が天才であるということです。
彼はブラックIT企業で使いつぶされ、「あいつは無能だ」と言われた過去があります。決して当時の彼の能力が予告犯事件よりも低かったとは思えないのですが、しかしそんな不遇な評価を付けられることになります。
このことから、予告犯という漫画には「天才を見いだせずに、使い潰すしかできない日本社会」というテーマもあるのではないかと思います。
この漫画は「予告犯」というタイトルになっていますが、弱者が社会に対してやり返すという意味では「制裁犯」みたいなタイトルでも良かったのではないかと思います。
しかしこの漫画が不遇な天才を描いているということであれば、やりますと言って出来なかった過去(と言っても労働条件的には全く悪いことではなかったのですが)を持つ奥田が、最初の予告通り見事にやり遂げたということを鑑みれば、「予告犯」というタイトルはマッチするものだったと考えます。奥田自身もその過去への皮肉やリベンジの理由で、ネット上で「予告」という言葉を度々使ったのではないでしょうか。