あたらしい朝 感想
あたらしい朝 作 黒田硫黄
月刊アフタヌーンで2006年9月から2010年12月にかけて不定期連載されていた漫画、『あたらしい朝』の感想を書きます。単行本は全2巻です。
キーワードとしては、第二次世界大戦、ドイツ、海軍ってな感じでしょうか。黒田さんらしく、他の漫画とは一線を画すような味わいがある作品だと思います。
あたらしい朝(1) (アフタヌーンKC) (2008/08/22) 黒田 硫黄 |
あたらしい朝(2)<完> (アフタヌーンKC) (2010/11/22) 黒田 硫黄 |
1巻の主な舞台は、ドイツが保持していた仮装巡洋艦トール。主人公のマックスは偶然道端で見つけた大金を、後で好きな女性と一緒に安全に使おうと、いったん海軍に入隊し、将来に希望を持ちながら兵隊生活を送る、ってのが1巻のあらすじです。
仮装巡洋艦という私にとっては初めて知ったものが出てきますが、こんなのが実際に存在していたなんてかなり面白いですね。無害な貨物船に見せかけて敵の軍船に発見されないようにし、敵の貨物船を襲うことが目的のようです。こんなのが世界中の海に12隻いたようですよ。物資輸送が重要であることがわかってきた近代の戦争らしい、戦略ですね。
1巻終盤にあった爆発事件は、実際にあった横浜港ドイツ軍艦爆発事件のようですね。物語上ものすごく唐突に発生した事件でしたが、実際もこんな感じだったのでしょうね。思いもよらずに多くが変わってしまった…ということで。
主人公のマックスは将来に希望を抱きながら、海兵生活を全うしています。今を仮の人生とし、戦争が終わったら好きな女性と一緒にパン屋を営もうとすることを本当の人生としています。早くあたらしい朝が来ればいい、そう思っていましたが…
爆発事件や戦況の悪化によって、マックスの楽観的な将来設計は少しずつ変わってきています。しかしそれでも希望を抱いて生きているのは、彼が馬鹿だからなのか、それとも強いからなのか。理想のために今出来ることをする、ただそれだけなのでしょうか。
2巻では箱根の山奥で、マックスたちは日々を過ごすことになります。マックスは日本人女性とちょっと関係を持ったり、パン職人になるべく軽く修行をしたり。戦争中だからって、地獄のような日々を送っているという訳ではないようですね。
最終話では、一気に戦況の悪化から戦争の終結まで時間が進んでいきます。マックスがドイツに帰国したシーンは、今までのマックスの将来設計を考えると、かなり切ないものがあります。好きだった女性はすでに結婚して子供を生んでおり、埋めておいたお金は価値が暴落して自転車一台分に変わっています。マックスが抱いていた将来への希望、具体的に言うと好きな女性と大金、マックスはその両方を失ったことになります。
誰だって何かを失うのよ。失って変わらないと死んでしまう。
女性からそう言われてもマックスは、再度パン屋を目指します。
この漫画での『あたらしい朝』というのは、良い意味でも悪い意味でも『変化』を表していたようです。早く現状が変わって本当の素晴らしい人生が始まって欲しい、これ以上現状が悪化しないで欲しい、本編中ではそんな意味があったと思います。
しかしラストシーンでは、その『あたらしい朝』に、希望と絶望の意味を省いた『移ろいゆくことそのもの』を表していたように個人的に感じました。生きている限り、世の中は移ろい、自分も変わってゆく。好きな女性と一緒に平和に暮らすためという明確な理由が無くなっても、マックスがパン屋を再度目指すことにしたのは、切なくも清々しい変化の象徴のようでしたよ。
まあ上記のような文学的テーマだけでなく、迫力あるタッチやそこかしこに散らばる小ネタ・雑学なんかも見所です。一風変わったものを扱い、さくっと読めるけど余韻が残る素晴らしい漫画を読みたいのなら、この漫画をオススメしますね。黒田硫黄さんの作品全般に言えることですが。